女性用水着の変遷

海水浴が一般的なレジャーとして認知されるようになった19世紀頃の女性の水着は洋服の延長線上にあるもので、まったく肌の露出がないものでした。モンペのようなズボンは下着が見えないための工夫として取り入れられ、頭には頭巾のような帽子もかぶっていました。日頃身に付けている服とほとんど変わらないものであったため、水の中での抵抗が大きく、水を含んだ生地で自由に身動きすることも難しいものでした。20世紀になると、日本でも海水浴が一般的なものとなりましたが、まだまだ女性の水着姿は見られませんでした。やがてワンピーススタイルの水着が発表されましたが、これは、欧米でも淑女は肌を露出するものではないという慣習がもとになったものでした。

1912年のオリンピックで女性が水泳競技に参加するようなると状況が一変し、少しでも水の抵抗をなくすために、肌の露出や生地の開発が進みます。現在のような露出度の高いワンピースが開発されるもとになったのは、ファッションではなくスポーツのためのものであったというのは興味深い話ではないでしょうか。女性用水着の衝撃ともいえるのがビキニです。当時、ビキニ岩礁で戦後初の原爆実験が行われたことにちなみ、破壊力のある、人々を驚かせる水着として命名されたといわれています。当初は露出度が高すぎるため、着用禁止とするビーチも多く、人々に受け入れるまでに10年以上の時間が必要でした。